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佐賀地方裁判所 昭和49年(行ウ)1号 判決 1977年3月25日

原告 南川伝四郎

被告 久保田町 佐賀県知事

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告久保田町が昭和四八年一〇月一日久保田町告示第二一号をもつて公告した農地利用計画案中、別紙目録記載の農地にかかる部分を取り消す。

2  右計画案に対する原告の異議申出に対し、被告久保田町が昭和四八年一二月二八日なした異議の申出を棄却する旨の決定を取り消す。

3  右決定に対する原告の審査申立てに対し、被告佐賀県知事が昭和四九年四月八日なした審査の申立てを棄却する旨の裁決を取り消す。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

1  (本案前の申立て)本件訴えをいずれも却下する。

2  (本案の申立て)原告の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙目録記載の農地(以下、本件農地という。)は原告の所有である。

2  被告久保田町は、昭和四八年一〇月一日、久保田町告示第二一号をもつて、農業振興地域の整備に関する法律(以下、農振法という。)一一条一項の規定に基づき、市町村農業振興地域整備計画のうち農用地利用計画案(以下、本件計画案という。)を公告し、同年一〇月三〇日まで縦覧に供した。

3  本件計画案によれば、原告所有の本件農地は農用地区域内にある。

4  原告は同年一一月六日、本件計画案に対して被告久保田町に異議の申出をしたところ、同被告は同年一二月二八日右異議の申出を棄却する旨の決定をした。

5  原告は昭和四九年一月一六日、右決定に対して被告佐賀県知事に審査の申立てをしたところ、同被告は同年四月八日右審査の申立てを棄却する旨の裁決をした。

6  しかしながら、本件農地は、久保田町の中央を南北に縦走する県道徳万・久富線と同町の南部を東西に横断する県道大川・鹿島線とが交わる交差点の東北角にあつて、その位置関係からして、ドライブイン用地として最適で、農用地区域から除外するのが適当であり、現に昭和四七年久保田町告示第一〇号の計画案(以下、第一次計画案という。)では農用地区域から除外されていたうえ、右告示に先立つて行われた説明会において、被告久保田町長古賀了は県道に沿うところは農用地区域から除外する旨約束していたのであるから、本件計画案は、これに反する背信行為であるのみならず、被告らは、原告と被告佐賀県知事との間の当庁昭和四八年(行ウ)第二号一時利用地指定処分取消訴訟を有利に解決するため、本件農地の宅地転用を妨げる目的をもつて、第一次計画案を変更し、本件農地を農地以外の利用が困難な農用地区域内に組み入れたものであつて、このような権限の濫用は許されず、本件計画案中、本件農地にかかる部分は違法である。

7  よつて、原告は、被告久保田町に対し、本件計画案中、本件農地にかかる部分の取消しおよび本件計画案に対する原告の異議の申出に対してなした棄却決定の取消しを求めるとともに、被告佐賀県知事に対し、右棄却決定に対する原告の審査の申立てに対してなした棄却裁決の取消しを求める。

二  本案前の答弁

農振法八条三項の規定に基づく都道府県知事の認可により、市町村農業振興地域整備計画が効力を発生すると、同計画中の農用地利用計画について、国や地方公共団体ないし農地転用許可権者は、勧告、調停、計画尊重義務ないし農地転用の制限等の法的拘束力を受けるが(同法一四条ないし一七条)、直接農地所有者その他農地に関し権利を有する者(以下、農地所有者らという。)の権利義務が規制されるわけではなく、農用地利用計画に基づく農用地区域の設定によつて、地価が低下したり転用が困難になるとしても、それはいわゆる反射的不利益にすぎないから、農地所有者らは農用地利用計画の取消しを求める法律上の利益を有しないといわなければならない。したがつて、農地所有者らは、農用地利用計画の決定を不服として、その取消しを求める訴えを提起することはできず、ひいては、認可前の農用地利用計画案ないしは右案についての異議の申出に対する市町村の決定や審査の申立てに対する都道府県知事の裁決に対して、その取消しを求める訴えを提起することもできない。同法一一条で農用地利用計画案に対する異議の申出や審査の申立ての手続を定めたのは、本来なら行政不服審査法や行政事件訴訟法による不服は認められないが、農地の高度利用の見地から、より実効性のある計画とするとともに、関係権利者の利益を不当にそこなわないようにするため特に設けられたもので、同条八項に行政不服審査法による不服申立てをすることができないと定められているのは単なる宣言的規定にすぎない。よつて、本訴は訴えの利益がないから不適法として却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否および被告らの主張

1  請求原因1ないし5項の事実は認める。同6項の事実のうち、本件農地が原告主張のような交差点の角にあること、第一次計画案では本件農地が農用地区域から除外されていたことおよび原告と被告佐賀県知事との間に原告主張の訴訟が係属していることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  本件計画案には原告主張のような違法はない。

(一) 本件農地を農用地区域に含めるべきか否かの判断は、農振法四条により定められた佐賀県農業振興地域整備基本方針に適合しなければならないところ、右基本方針の農用地区域の設定基準によると、農用地区域に含めるべき土地として、団地規模がおおむね二〇ヘクタール以上あり高性能の機械による営農が可能な土地条件を備えているものならびに国または県の直轄、補助による土地改良事業により面的な土地基盤整備事業を完了した地区内の土地および現に右事業が実施中であるかまたは調査計画が実施されている地区内の土地と定められており、本件農地は、佐賀県営土地改良事業久保田地区圃場整備事業実施地区内にあり、しかも右実施地区は約一、〇〇〇ヘクタールに達する優良な大規模団地であるから、右いずれの基準に照らしても、農用地区域に含めるのが相当である。

(二) 第一次計画案では、本件農地を含む県道沿いの農地多数筆が農用地区域から除外されていたか、これは、右計画案策定当時、土地改良法と農振法との解釈運用上の関連が不明確で、土地改良法による圃場整備地区内の農地を農用地区域から除外しても、圃場整備事業に対する国庫補助融資等にはなんら不利な影響を来たさないものと解せられないでもなかつたので、被告久保田町においては、実施中の圃場整備事業も完全に遂行し、他面原告らの農用地区域からの除外の希望にも沿うよう考慮したためであつたところ、その後農用地区域から除外された圃場整備地区に対しては、国庫補助融資等の助成を打ち切る旨の方針が明示されるに至つた結果、第一次計画案では圃場整備事業の実施上重大な支障を生ずることが明らかになつたので、第一次計画案を変更し、本件計画案を策定したものであつて、被告久保田町としてはやむを得ない事情によるものである。

(三) 被告らは、原告と被告佐賀県知事との間の当庁昭和四八年(行ウ)第二号一時利用地指定処分取消訴訟を有利に解決するため、故意に本件農地を農用地区域に編入したものではなく、圃場整備事業実施中の農地は本件農地を含めすべて農用地区域内に編入したものであるから、原告の権限濫用の主張は理由がない。

四  本案前の答弁に対する原告の主張

本件訴えの禁止について明文の規定は存在しないのみならず、農用地区域の設定によつて、被告ら主張のような法的拘束力が発生する以上、その違法を争う法律上の利益があることは明らかである。

第三証拠<省略>

理由

農振法は自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域(農業振興地域)について、その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図るとともに、国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とするものであつて(同法一条)、都道府県知事は、農林大臣の承認を受けて定めた農業振興地域整備基本方針に基づき、農業振興地域を指定し(同法四条、六条)、指定を受けた市町村は、都道府県知事の認可を受けて農業振興地域整備計画(以下、整備計画という。)を定め(同法八条)、右計画に基づいて農業振興地域の整備を図ることとしているのである。

そして、農用地利用計画は、市町村が右整備計画の一環として、農用地として利用すべき区域およびその区域内にある土地の農業上の用途区分を定め、もつて農業振興の基盤となるべき農業用地の確保を図るための計画であつて、右計画が策定されると、市町村長は、農用地区域内にある土地の所有者に対し、その土地を農用地利用計画において指定した用途に供すべき旨を勧告することができ(同法一四条)、都道府県知事は、右勧告に従わない者とその土地を右の用途に供するため所有権を取得しようとする者で市町村長の指定を受けた者との間の所有権の移転につき必要な調停を行うことができ(同法一五条)、国および地方公共団体は、農用地利用計画を尊重して、農用地区域内にある土地の農業上の利用が確保されるように努めなければならず(同法一六条)、また農林大臣および都道府県知事は、農用地区域内にある農地の転用許可に関する処分を行うにあたつては、農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならない(同法一七条)とされているのである。

しかしながら、農用地利用計画は、農用地区域内にある土地の所有者の権利義務を直接規制するものではなく、農用地区域の設定によつて、地価が低下したり土地の転用が困難になるとしても、それは右計画が国や地方公共団体あるいは農地転用許可権者に対し、前記のような一定の法的拘束力を生ぜしめていることの反射的不利益にすぎないものであるから、右計画は特定の個人に向けられた具体的処分とはいい難く、いわんや、認可前の農用地利用計画案にいたつては、右所有者の権利利益になんらの影響を及ぼすものでもないから、右計画案は行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないことが明らかである。

もつとも、農振法一一条は、農用地利用計画案についての市町村に対する異議の申出や都道府県知事に対する審査の申立ての手続を定めているが、右は本来なら行政不服審査法や行政事件訴訟法による不服申立ては認められないが、農地の高度利用の見地から、右計画案をより実効性のあるものにするとともに、関係権利者の利益を不当にそこなわないようにするため特に設けられたものであつて、同条八項に行政不服審査法による不服申立てをすることができないと定められているのも、以上のことを法文上明確にした宣言的規定と解すべきであるから、右計画案についての異議の申出に対する市町村の決定および審査の申立てに対する都道府県知事の裁決に対しても、それらの取消しを求めることは許されないというべきである。

してみると、本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩田駿一 三宮康信 窪田もとむ)

別紙<省略>

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